注windows版IE5以上のプラウザ推奨

Q 松陰神社の かみさま はどなたですか?

Q 松陰神社はいつできたんですか?

Q どうして世田谷区若林に松陰神社があるのですか?

Q 神社でおまいりするときはどうやってするのですか?


Q 神社についてもっと知りたいのですが。 (お宮キッズHPへ:外部リンク)

はじめにもどる>>
















Q 松陰神社(しょういんじんじゃ)の神(かみ)さまはどなたですか?

A 松陰神社(しょういんじんじゃ)の神(かみ)さまは、江戸(えど)という時代(じだい)の終(お)わりのころに活躍(かつやく)した吉田松陰先生(よしだしょういんせんせい)という人(ひと)です。詳(くわ)しくは「松陰先生と松陰神社(しょういんせんせいとしょういんじんじゃ)」をみてね。

「松陰先生と松陰神社」へ>>
質問一覧にもどる>>















Q 松陰神社(しょういんじんじゃ)はいつ出来(でき)たんですか?

A 松陰神社(しょういんじんじゃ)は、今(いま)から120年(ねん)くらい前(まえ)の明治(めいじ)15年(ねん)(1882年(ねん))に、松陰先生(しょういんせんせい)のお墓(はか)の横(よこ)に神社(じんじゃ)をつくったのがはじまりです。詳(くわ)しくは「松陰先生と松陰神社(しょういんせんせいとしょういんじんじゃ)」をみてね。

「松陰先生と松陰神社」へ>>
質問一覧にもどる>>















Q どうして世田谷区若林(せたがやくわかばやし)に松陰神社(しょういんじんじゃ)があるのですか?

A 松陰神社(しょういんじんじゃ)がある場所(ばしょ)は昔(むかし)、毛利家(もうりけ)がもっていました。毛利家(もうりけ)とは、松陰先生(しょういんせんせい)の故郷(ふるさと)の長州藩(ちょうしゅうはん)(今(いま)の山口県(やまぐちけん))のお殿様(とのさま)の家(いえ)です。松陰先生(しょういんせんせい)のお墓(はか)をたてるとき、松陰先生(しょういんせんせい)の弟子(でし)(生徒(せいと))達(たち)が毛利家(もうりけ)から場所(ばしょ)をもらい、この場所(ばしょ)に松陰先生(しょういんせんせい)のお墓(はか)を建(た)てました。だから、松陰神社(しょういんじんじゃ)が世田谷(せたがやく)のこの場所(ばしょ)にあるのです。


質問一覧にもどる>>















Q 神社(じんじゃ)のお参(まい)りの仕方(しかた)は?

A 神社(じんじゃ)の入口(いりぐち)には鳥居(とりい)といわれる門(もん)がたっています。鳥居(とりい)は、「これから先(さき)は神(かみ)さまの場所(ばしょ)ですよ」という目印(めじるし)です。ですから、鳥居(とりい)をくぐる前(まえ)にまず自分(じぶん)の気持ち(きもち)を落ち着(おちつ)かせ、軽(かる)くお辞儀(じぎ)をしてから神社(じんじゃ)にはいります。
参道(さんどう)を進(すす)むと手水舎(てみずや)とよばれる場所(ばしょ)があります。その水(みず)で両手(りょうて)を清(きよ)めて口(くち)をすすぎます。これは体(からだ)を洗(あら)ってきれいにすることで、心(こころ)も洗(あらい)い清(きよ)めるという意味(いみ)があるからです。
落(お)ち着(つ)いた気持ち(きもち)で、身(み)も心(こころ)も清(きよ)くなったら、いよいよお参(まい)りです。社殿(しゃでん)といわれる神(かみ)さまのお家(うち)の前(まえ)まで進(すす)み、まず2回深(ふか)くお辞儀(じぎ)をします。次(つぎ)に胸(むね)の前(まえ)で2回拍手(はくしゅ)をします。最後(さいご)にもう一度深(ふか)くお辞儀(じぎ)をします。
帰(かえ)るときは鳥居(とりい)をでるまで神(かみ)さまの場所(ばしょ)に来(き)ているということを忘(わす)れないようにしましょう。

質問一覧へ戻る>>